HO!
障害者・高齢者・介護者そしてすべての方に
広告バナー







ユニバーサルデータチャンネル
ユニバーサルイベントチャンネル<
ユニバーサルマニュアルチャンネル<br>
福祉総合リンクリストチャンネル
ユニバーサルコラムチャンネル
ユニバーサル投稿チャンネル
ユニバーサル検索



障害別インデックス


検索:サーチ



言葉を入れるだけ。欲しい情報への近道です。


ハートフルコミュニティ

コミュニティへようこそ



「ニュータイプ」バナー

「アイスクエア」バナー

「障害者と高齢者のための介助応対マニュアル」バナー

タイル広告バナー



木に生るコラム

5.できること・できないこと

 数年前、「ボディガード」というケビン・コスナーとホイットニー・ヒューストンが出演した映画があった。わがままな歌手を雇われガードマンがガードするという単純なストーリーだったけれど、なぜか波長が合ってしまってビデオで10回近く見るというお気に入りの一作になってしまった。

 この映画の中に、あまりのわがままさに男がガードをやめると言い出し、自分の子供にまで危害が及ぶと知った歌手が、もう一度自分たちをガードしてほしいと頼む場面がある。歌手は言葉を重ねるけれど男は“can't”と答えるばかり。ここでの字幕が面白かった。英語は同じだけれど字幕は「できない」「無理だ」「だめだ」と違っている。

 翻訳の他にも秒数や字数を考えなければならないため、字幕作りは難しいプロの仕事だと言われる。ここでもその鮮やかさに感心させられたのだけれど、まったく関係のない方向にも考えが及んでしまった。もしかしたら「できる」ことを表す言葉よりも「できない」ことを表す言葉の方が多いんじゃないかと。そして、できないという言葉は、できないという言い訳のために多く存在するんじゃないかと。

 自らを振り返ってみても、たしかに「できる」と邁進する部分よりも「できない」と後退してしまった部分が毎日の生活シーンでは多かったような気がする。この「できない」には「仕方がない」とか「誰かがやってくれる」という言い訳が多分に含まれているのだ。

 人間なんだから当たり前さ、誰だって楽がしたいと言ってしまえばそれまでだけど、自分の中に、そういう人間の「性質」みたいなものを認めてしまうのも少し腹立たしい。もちろん、これは個人差が大きくて、どこまでも「できる」世界を泳ぎ渡ってしまう人もいれば、できるできないとは無関係に「なされるまま」に時を過ごす人もいるには違いないのだけれど。

 その理非曲直は別にしても、障害者、そして、おそらく高齢者の多くもこの「できない」世界に住む。できないことをただ当然のこととして享受するだけの人間になることを避けたいならば、できないながらも、なお「できる」ことを探す気概が必要だ。しかし、これが思う以上に「しんどい」。目の前には、いつもできないという言葉と気持ちにガードされた自分がいる。

前へ次へ

Copyright (c) 1999-2012 UTIX Co.,Ltd. and Unifica