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木に生るコラム

2.神の顔(1)

 先日、いい天気に誘われて、伊勢神宮の外宮を訪れてみようという気になった。

 地元で暮らすものの常として、ご多分に漏れず、新年に限らず入学式・卒業式、病気の全快、新造船のお祝いなどなど、節目の行事には神宮参拝が恒例となっていた。特に、20歳台からは友人の勧めもあって、毎年1月の都合のいい日に一人で参拝し、その帰りに干支の一刀彫りを買うことを個人的な新年のスタートとしていた。今も、家の床の間には20体近くの一刀彫りが並んでいる。それほどに生活に密着した行事のはずだった。

 徐々に歩行が困難になると、じゃりの敷かれた参道を歩くことも苦痛になってくる。特に内宮の参道の距離は半端ではない。外宮から内宮をまわり帰路につく頃には、足の付け根が痛くて立ち上がることさえままならないこともあった。それでも、そんな状態を数年でも続けられたのは、神宮にそれなりの思い入れがあったからだと思う。森林浴効果だろうか、少しの風邪ならばそこに入るだけで治ってしまうように感じられる、あの神宮の森の空気が好きだった。

 さらに歩行困難が進むと、さすがに神宮参拝も独歩では難しくなり、断念する期間が数年あった。そこに車いす。脚力と同様の腕力の低下や介助者の必要性への考慮もあり、迷わず電動車いすの導入を決めた。以前と同じようにとまではいかないが、なんとかこれで行動範囲の復活が図れる。しかし、だからと言って、それがそのまま参拝復活にはつながらない。じゃり道、段差、階段、坂道、車いすで行くにはハードルが高すぎた、少なくとも心理的には。それでも行ってみようという気になったのは、車いすの操作に慣れたということと、あの空気への郷愁だったのだろうか。

 外宮前の横断歩道の段差は高すぎて車いすでは上れず、仕方なく低いところへ回って外宮敷地内に入る。これぐらいのバリアは何とでもなる。心配したじゃり道も乗り心地は悪いが車いすの走行に問題はなかった。そのまま手洗所へ続く橋を渡ろうと向かったその時、脇にある詰所から二人の守衛が出てきてストップをかけた。介助者のいない電動車いすは中へは入れないという。若い方の守衛は高圧的に「すべての人はここで車を降りる」という意味の立て札を指し示した。車いすと車が同じだと?気色ばんだところで年配の守衛が申し訳なさそうに言葉をはさんだ。実は内宮で電動車いすの事故があった。一般客に迷惑になるといけないので介助者のいない電動車いすの参拝者は中へ入れてはいけない命令があるという。もちろん、そんなことはどこにも告知されていないし、その場にその旨の立て札があるわけでもない。「ほんとは、わしらもこんなこと言いたくないんだがね、上からの命令だから」年配の守衛が言った。

 とんでもないバリアが現われたものだが、その場は引き下がるしかなかった。しかし、時間が経つに従ってその「むちゃくちゃな」所業に腹が立ってきた。こちらは犯罪者でもなければ過激派でもない。まして一般の人に害意を持つなどありえない。それなのに電動車いすに乗っているというだけで、なぜ行動を制限されなければいけないのだ。どこかの開発途上国じゃあるまいし、現在の日本でこんなこと「あり」なのか。完全に基本的人権を損なっているではないか。そんな諸々の憤怒が湧き上がってくる。

(「神の顔(2)へ続く)
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