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1999東京出張記

第4回 東京第1日

飛行機を出てからは全日空の男性職員の人に機内専用の車椅子を押され、私の車椅子が用意されているところへと向う。そこの場所には丁度イスがあり、そこで自分の車椅子に乗り換え空港を後にした。外にはUTIX東京オフィスのM氏と、東京で営業活動をしているUnificaのスタッフY君が、TOYOTAのワンボックスカーの横で待っていてくれた。両人とも面識が無いので、最初どちらが誰かは知らないで戸惑っていたが、Y君とは何度か電話で会話をしたことあったため、一方をY君と認識するまで時間はそんなにかからなかった。

挨拶もそこそこに車に乗せてもらい、首都高速を使ってハートフルプラザへと向うこととなった。途中、カーナビにハートフルプラザの情報が入っていなかったようで、ハートフルプラザの近くにある違う目的場所を入力した。都内の道路事情をまったく知らない私は、どこをどう走っているのかチンプンカンプンである。約1時間程走ったのだろうか、杉並区にあるハートフルプラザへ到着、エレベータで2階へと上がる。青森あたりだと2階のショールームはあまり見かけない。中にはお客さんと思われる人が数人来ていた。

一通り簡単にクルマを何台か見た後、男性職員の人から詳しく説明を受けることとした。1999年9月で来場者が1万人を超えたハートフルプラザは、ユーザーからいろんなカスタマイズの相談を受ける。まず最初に見せてもらったのは、オプションで取り付ける「ボイスコマンダー」というものだった。これをクルマに取り付けると音声でライトやワイパーの操作を行うことができる装置。手動運転装置だと、どうしても両手がふさがってしまうので、この点をカバーするために開発されたのであろう。ちなみに価格は20万円とのこと。 助手席回転シート またワンボックスタイプの助手席リフトアップ車を見せてもらうが、カタログを見て予想していた通り、ドアの開きをもう少し広くしてほしいところである。また車両後部に取り付けたリフトを使って実際に乗り込んでみたが、リフトの脇に手を置けるところがあり、これが一つあるお陰で車椅子ユーザーは安心してリフトを使って移乗できる。このように大袈裟な装置でなくても、ちょっとした心遣いがあれば、より快適な福祉車両になるのではないだろうか。

後部リフトまたハートフルプラザに展示されている車両は、毎月マイナーチェンジをおこなっている。そして1999年11月には新たに福岡にもハートフルプラザがオープンした。今後は北国にもぜひ一ヶ所オープンさせてほしいと願っている。雪国ならではの意見や要望も取り入れてもらえれば、雪国でも、もっと今以上に快適なカーライフを送れるのではないだろうか。

ハートフルプラザを後にした時、外はもうだいぶ薄暗くなっていた。夕方だというのにそれでも結構暑い。この日の取材は終了し、今度は新宿四ッ谷に予約しているホテルへとクルマは向う。新宿あたりに着くと、もう外はすっかり日が落ちて暗くなっていた。途中どこの鉄道会社の新宿駅かは忘れたが、駅周辺にいる人のあまりの多さに驚く。旅行の楽しみの一つには観光地だけで見て歩くのでは無く、その街の普段の光景を目にする楽しみもあるのではないだろうか。窓を眺めていたらホテルに着いたらしく地下駐車場へとクルマは向う。クルマを駐車場に停めフロントでチェックインをしに行ったら、私宛てに荷物を預かっているとのこと。何かと思っていたら偶然に時を同じくして東京に研修に来ていた友達からの差し入れで驚いた。

部屋は3階ということでエレベータで上に上がり部屋に入る。ツインということと障害者対応ということもあるのか、予想していたより部屋は広く車椅子で動き回るには何ら支障はない。早速荷物を置きトイレの準備が進められた。M氏が手際よくテキパキと準備をしてくれる。その間私も準備をしていたが、正直環境が変り上手くできるのか不安だった。トイレの準備も終わりM氏が帰ることになった。あとはT氏とY君が部屋に残ってくれた。しかしT氏は最初からトイレの介護をしてくれることは判っていたのだが、Y君はいやな思いをしないのだろうかと内心心配していた。Y君はビールを買いに一旦外に出て戻ってくると、私がトイレをしている間、その場でそのままT氏とY君がビールを飲み始めた。アルコールが入って臭覚が少し鈍ってくれればと思うが、なんともはや変ったひとときを過ごした。ビールを飲んでいる2人は嫌な顔ひとつせず、3人でバカ話をして笑いながら時間は過ぎた。私の方は難儀して時間を要したものの何とか無事に終えることが出来た。その間T氏は何度かこまめに便器を洗浄してくれた。本当に頭の下がる思いだ。そしてその後、入浴することにしたが、バスルームは大変狭かった。先にT氏が浴槽に入りY君が私を抱きかかえT氏へ私を渡すことになった。

入浴も2人のお陰で無事に終えることができた。しかしバスルームはトイレそして洗面台と一緒になっているのだが、車椅子だとドアの開閉に一苦労、また洗面台が少し高くて使いづらいのが難点である。入浴を済ませた後、外でおそめの夕食を食べに行くこととした。恐らくこのときの時間は10時近くになっていたのではと記憶している。しらふなので記憶は確かな筈だ。

夜10時ごろだというのに外は暖かい。歩道には予想していたより人通りは少ない。新宿というところは夜になると人口が激減すると聞いたことがある。しかし車道を走っているクルマの数はそこそこに多い。我々3人は遅い夕食を食べるために、新宿四ッ谷界隈の店を探しに歩いた。何処にどんなお店があるのか全然知らないので、先ずは一通りどんなお店があるのか見て歩いて回った。段差が何段もあるところや満員のお店はパスした。いろいろ見て回った挙げ句、行き着いたのは「ラーメン屋」だった。入り口には2段の段差があったが、大人2人だと、車椅子を持ち上げて比較的楽に入ることができる。お店の人に車椅子ユーザーがいることを告げると、空席のテーブルにあるイスをよけてくれ、私たち3人はテーブルに着きやっと落ち着くことができた。おのおの3人はそれぞれ食べたいものを注文した。

私の席からは丁度、お店の主人が注文に応じて料理をつくっている姿が見える。こうやって店に入ってラーメンを食べたのは何年ぶりだろうか。お店に行って出来立てのラーメンを食べるのは美味いものである。このことだけを取っても東京へ来たかいがあったのかもしれない。食べ終わってT氏が会計を済ませている間、私とY君はお店のドアのところでT氏が来るのを待っていた。そしたらお店の若い男性が私の車椅子の前に来て、店から出るのを手伝おうとしてくれるのであった。私は車椅子のここを持ってくださいとお願いすると、男性はY君と一緒になって私を介助してくれた。また食事中も他の客たちに好奇の視線で見られることも無く、不快な思いをせず心から楽しい時間を過ごせ、ここのお店を選んでよかったと心底思った。若い男性にお礼を言い店を後にする。時間もだいぶ遅くなったので、Y君は終電に乗り遅れないため店の前で別れることとした。私たち2人はホテルに着き寝ることとしたが、私はベッドに入ってもなかなか寝付けなかった。こんなことだったら医師から睡眠薬「ハルシオン」でも処方してもらうべきだった。

次号へ続く


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