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1999東京出張記

第1回 旅のきっかけ

すべては「東京に出てこないか」の電話から始まった。

自宅にいながらインターネットを使って仕事をしている私は、「出張」という「旅行」とは無縁のものと思っていた。その一番の問題は私自身が障害者トイレを使えないことにある。今は車椅子に乗って生活していても、国内はもちろんのこと、気軽とまでは言えないものの、海外でも行けてしまう時代。しかし私は、自分でクルマの運転はできるものの、先の事情により長距離運転ができないため、これまで「旅行」とはほとんど無縁の生活を送っていたのだ。

この話が持ち上がった時、最初は簡単な理由を話して出張が困難なことを電話で伝え、その後E-mailにて詳しく理由を記して説明した。ビジネス仲間でもあり友達でもあるT氏からは、「なんでも手伝うから東京へ行こう」という旨のE-mailが届いていたが、私はどう考えても無理なので、その後返事は出さないでいた。しばらくT氏から何も連絡がこなくなったため、私は東京出張は無くなったものと安心していた。

しかし、天気予報でも予測できなかったような、猛烈な嵐が突然やってきた。・・・いや、「やってきてしまった」と言ったほうが的を得ている。

10月2日(土)
高知にいるUnificaのスタッフから予想もしない東京出張の話が出たのである。出張の話はもう無いものとばかり思っていた私は、ただただ困り果ててしまった。連絡係でもあるHさんにも、Tさんと同様に私の事情を説明して、なんとか東京出張を中止するよう反論したが、Hさんは「東京へ行ってください」の一点張りで、私もしまいには頭に来てしまい、その時は電話を一方的に切ってしまった。

次の日の日曜、もう一度Hさんから電話が掛かってきて、最終的には月曜日にT氏と二人で相談した上で、決めて欲しいということになった。この時点でも、出張は無理なので何とか取り止めの方向に話を進めようと、内心では思っていた。同じ電話を待つのでも、独身女性から交際してほしいという電話が掛かってきてほしいものだと切に願う。

10月4日(月)
午後2時半頃、私の携帯に電話が掛かってくる。ここでのT氏の話の持って行き方は上手かった。先ず普段どんな方法でトイレをしているのか私に尋ねた。私の今までの経験からいけば、事情を説明し終わると、ほとんどの場合そこで話の進行は止まってしまう。そして日本人の会話に多くに見られる、無意味と言っても過言でない「いつかまた」「今度の機会に」などの、実行されたためしが無い言葉で締めくくられるはずだった。しかし彼は瞬時にアイデアをだした。それはマットを用意し、その真ん中を差込便器を置けるようにくり抜いてしまえばどうかということだった。これをベッドの上に置けば、足も伸ばせるし横にもなれるので普段のスタイルと全く同じようにできるのである。

そして何よりも私の心を動かしたのは「何も気にしないで僕を使ってくれ」との言葉だった。数ある介護の中でも排泄に関してはなかなか言葉通りにはいかない。しかし彼は「へっちゃらだ」と言ってくれた。少し余談になるが将来間違って嫁さんになってくれる女性が現れたら、排泄の介助は寛容な心で接してくれる人がいいと常日頃思っている。ただ、存念ながらT氏はオトコなのである。

話しを戻そう・・・。
東京どころか旅行を経験することは今後滅多に無いかもれしない。また反対にこれをキッカケにいろんな所へ行ける可能性を見出すかも知れないという、両方の思いを抱いて、結局、行けばなんとかなるだろうと、私は東京へ行くことに決めた。

次号へ続く


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