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自虐的SOHO日記 11 −時間−


おそらく、障害者独特の「時間」というものがあるのだと思う。障害者という一種の枠の中に常に身を置いているのだから、その内側からは分かりにくい。だが、単純に考えてみても、着替え、トイレ、食事、どれをとっても「普通」よりは時間がかかる。この違った時間が体内に蓄積されているとしたら、知らないうちに時間の感覚そのものが違っているのではないか。

以前「ゾウの時間ネズミの時間」という本がベストセラーとなった。たしか、身体の大きさの違いによってそこに流れる時間も違ってくるという内容だったと思う。それほどに理論付けられたものではないけれど、やはり障害者の身体に染み込んでいる時間も独特のものがあるに違いない。それと世間の時間との相克によっても多くの問題が生まれてくる。

と、上段に振りかざしてみたけれど、この、その体内に持っている時間の違いは、何も障害者に限ったことではなく、一般にだって往々に存在する。単に動作が速い・のろいに始まって、「てきぱき」「のんびり」という形容の違いが生じ、終いには「うまが合わない」「相性が悪い」という人間関係にまで至る。この不具合の種を障害者は常に持ち歩いているのか。

言うまでもなく、障害者が外に出る、働くという行為を続ければ、そこには対面での時間のぶつかり合いが発生する。どうしようもないことにも思えるが、意識するしないでも「衝突」の度合いが違ってくる。「障害」をどう見られるかということだけではなく、持っている「時間」の違いにも気を配らなければ、意外な人間関係に悩むことにもなりかねない。

(山)

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