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自虐的SOHO日記 9


恋愛論は、探せばゴマンとある。そこに「障害者の」と付くと、「?」となる。はたして「障害者の」と限定される恋愛論があるのだろうか、と考えたら、それで完敗となる。特別視に慣らされているのは障害を持つ持たないに関係ない。恋愛論に「障害者の」なんて冠する必要はどこにもないだろう。堂々と世間に流布する恋愛論を語りたい。なんとも、いじわるな導入だ。

実は、考えたいのは恋愛ではない。仕事をするための原動力、機関車になる部分についてだ。働かなくても食べられる障害者が(言葉は悪いけれど、客観的に見れば間違いない。もちろん「質」なんてことは考慮せずに。)、それでも働こうとするには、相当馬力のある駆動機関が必要になると思う。でなければ、こんな苦しいこと、誰が好んでするものか。

たぶん端緒は、というか、人に聞かれて答えるとしたら、「障害者でも働きたい」とか「生きがいを見つけたい」なんていう言葉が用意できる。だけど、結婚式に見られる世間の儀式のように(って、こんなこと書いていいのかな。)、用意された言葉とは無関係に、それを「継続」させようとするなら、もっとドロドロした、人間の深部に響くような動機付けが必要なんだと思う。

このドロドロした部分を取り上げる上で、「障害」は、それこそ障害となって邪魔をする。そこまで考えを及ばせてくれない。と、これを敷衍していったら際限がなくなるので、仕事をするためのドロドロした原動力の一つは、徹底的にエゴイスティックになること、としてみたい。そこで登場するのが恋愛、これ以上ある意味エゴイスティックにしてくれるものはないでしょ。こう書いて分からなければ、世に繁茂する恋愛論を読むべし。

(山)

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