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自虐的SOHO日記 7


心理学の話だけれど、「レッテル効果」というものがある。たとえば、店頭にまったく同じハンカチを並べておいて、一方にだけ「最高級品、絹製品手織り」というラベルをつけておくと、圧倒的にラベルをつけた方が売れるというやつだ。ものの判断のいい加減さ、不安定さを示すものだけど、障害者にはこのレッテル効果というやつが存外に手強い敵となる。

メールでいろんな人間とやり取りができるようになると、その文面だけで相手を判断しなければならないから、好き嫌いも変な部分と結びついてしまう。一度特定の県の人間が嫌いになると、その思いを他の人間にも引きずってしまうということにもなる。だから、一概にレッテル効果を「敵」とするのは問題なのだろう。人間とは元々そんな判断しかできないのだ。

もう一つ、レッテル効果は他人から見た障害者像が問題なのだけど、障害者が自分をみた障害者像という問題もある。はたして、どれだけ自分の「姿」を認識できているのだろうか。それは鏡に映る姿であるとともに、生活や生き方そのものにも関わる認識だ。「障害者だからこんな見方しかされない」と嘆く前に、自分の正体を見極めなければならない。本当はこれが手強いのだ。

いくら障害者が外に出るようになったと言っても、少数派であることに変わりはない。身体障害も聴覚障害も知的障害も「ないまぜ」にして区別もできないような奴にレッテルだけを振り回されるのは腹立たしいが、せいぜい自分の眼前に現われる人間にだけは「変色したレッテル」を貼らせてはなるまい。レッテルは正直な世間の目であることも多いのだから。

(山)

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