HO!
障害者・高齢者・介護者そしてすべての方に
広告バナー







ユニバーサルデータチャンネル
ユニバーサルイベントチャンネル<
ユニバーサルマニュアルチャンネル<br>
福祉総合リンクリストチャンネル
ユニバーサルコラムチャンネル
ユニバーサル投稿チャンネル
ユニバーサル検索



障害別インデックス


検索:サーチ



言葉を入れるだけ。欲しい情報への近道です。


ハートフルコミュニティ

コミュニティへようこそ



「ニュータイプ」バナー

「アイスクエア」バナー

「障害者と高齢者のための介助応対マニュアル」バナー

タイル広告バナー



ACTIVE WORDS

書けなかった日記

4.氷の距離

 たった1ヶ月だけだったけれど、特殊学級の介助員をしたことがある。

 今では自分でも信じられないが、重度の脳性麻痺の子や難病で下半身の動かない女の子なんかを抱き上げてスクールバスから降ろしたり、食事の介助なんかを平気な顔して続けていた。たしかに、大学を卒業したばかりの頃の私は元気だったと思う、体も心も。

 障害者が障害者を介助するというのは、一見奇異に映るかもしれないけれど、介助する方の体力にさへ問題がなければ、存外に当を得たものになる。いわゆる痒いところに手が届くというやつで、子供たちからもそんなにブーイングはこなかったし、教師からは、腰を痛めた正規の介助員が戻ってきても続けて働けるように、担当者に折衝してみようかなどと真面目に相談された。

 その頃の私は、1度目の教員採用試験に落ちた後ぐらいで、まだまだ教師になるという目標を捨てていなかったので、もちろん介助員の継続の話には乗らなかった。ただ、何かのきっかけで心変わりして、そっちの方向に進もうとしたなら、また面白いことになったとも思うのだが。

 しかし、ここでの核心はそんな方向性ではない。氷の距離は教室にではなく、教員室にあった。この1ヶ月だけのアルバイト、実は、私が1年前まで机を並べて特殊教育を勉強していた専攻科の女性教師から受けたものだった。女性はすでに本教員、専攻科での「学習という勤務」が終わればすぐに現場に戻る。その現場で人手が足らなくなり、まだフラフラしている私に声をかけた。そして私は、専攻科を離れても忘れられないぐらいその女性が好きだった、とくれば安っぽいドラマのお膳立てにはなる。

 このアルバイトのおよそ1年前、専攻科の終了式を間近に控えた頃、私はこの女性の家で真夜中、二人で酒を飲んでいたことがあった。正確には3人で飲んでいたのだが、一人が早々に酔いつぶれて別室で寝てしまい、結果的に差し向かいでウイスキーを飲むことになった。話題は他愛のないテレビなどの話、だが、私の頭の中はこの機会に一言「好きだ」ということを伝えたいという思いで占められていた。ボトルが空になり互いにロレツが怪しくなりはじめた時、私より先に彼女が言葉を発した。「わたし好きな人がいるの。でも、今は待っているの。どうなるか分からないけど、待ってるの。そんな愛し方もいいよね、きっと」そんな突然の「相談」を持ちかけられて、いまさら告白する言葉などどこにもなかった。

 その女性が、教員室では手を伸ばせば届くくらいの距離にいつもいるのだ。あの真夜中の「相談」の後も、私の中には常に彼女がいた。その彼女から電話があり、たとえ1ヶ月だけの臨時であろうとも同じ職場で働けることになり、どんな小さな声でも届く範囲にいる。だけど。

 私には、その手を伸ばせば体に触れられるような距離が、どうにもならなかった。思いを示すことのできる言葉も態度も、血の通った暖かいものをその距離に通すことはできなかった。

 氷の距離。

 長いような短いような漠然とした1ヶ月が過ぎ去り、私はその特殊学級から離れ、彼女からも離れた。結局、氷の距離は埋められないままに、心の中に横たわっているような気がするのだ。その氷の一片は、彼女が障害を持っていなかったことに起因するのかと問うてみても、やはり氷は氷のままなのだ。

前へ

Copyright (c) 1999-2012 UTIX Co.,Ltd. and Unifica